ぼくが教育について思うこと

教育の責任を考える

先日、算数教育の権威の話を伺う機会があった。曰く、6年生の学力は5年生の教員の責任ではなく、3年4年の教員の責任であるとのこと。学習は積み重ねであり、これは至極当然のことであろう。
この「責任」ということを少し掘り下げてみると、子どもの教育に携わる保護者、地域の方、教員のそれぞれが子どもの教育に責任をもっているのではないかと思う。ところが、それぞれの立場の人々は、自分が子育て、教育の責任を自覚していない場合が多いように思う。例えば、教員は手のかかる子どもがいれば、家庭のせいにし、保護者は、学校のせいにする、というようなことが意外と多い。
これでいいのか?いや良くない。子どもを取り巻く大人がそれぞれ子どもの成長に責任があるのだという認識をもって、それぞれの立場でできることを精一杯やり遂げることが重要である。
では、どうすればそのような認識をもつことができるのか。それは、関係する大人が一緒に話し合い、子どものために何ができるかを検討する、という作業をやってみることである。対等な立場で、皆がみんな子どもの成長を願うという同じ立ち位置でコミュニケーションすることができれば、そのときに、ああそうか、子どもの成長には全員が等しく責任を有するのだ、という認識にいたるのではないかと思う。
お互いが、ばらばらに考え、活動しているうちは、誰かの責任にしてしまう、ということは無くならないだろう。
一緒に考え、活動する場を教育委員会や学校が用意できるかどうか、が重要である。
要するに、教育の責任は、3年4年の教員が担うのでなく、子どもにかかわるすべての人間が有するのだ。ということに気づく必要がある。
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by k1satok1 | 2012-01-21 11:50 | 教育
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教育について、激しく、でも温かく語ります。

by 教育鳥クロニクル
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