ぼくが教育について思うこと

電車で見た勇気あるオジサンに学ぶ

観察学習というものがある。これは、「注目過程」、「保持過程」、「行動再生過程」によって成り立つもの。人は物事を自分で決定することよりも、他の影響を受けて決定することのほうが多く、その方法としては「模倣」に加え、「観察学習」が有効であるとされている。
僕は、この言葉を最近知ったのだが、今日、まさにこれをおもい起こすシーンに出会った。
地下鉄に乗っているときのことだ。表参道駅で、ちょっと身なりの崩れた青年(分かりやすく「不良君」としよう)と、かなり小奇麗な男子学生(「優等生君」としよう)が乗車してきた。なぜだか全く分からないけれど、突然、不良君が優等生君を横にらみ。どうやら、気に食わない身体接触かなにかがあったらしい。一方の優等生君はまったく何のことやら分からない状況。すぐに、不良君がにらみに加え、なにやら文句を口にし始めた。今にも殴りかかりそうな雰囲気である。と、このように書くと長いようだが、ここまでほんの数十秒の出来事で、正直、周りも何が起きているのか捉えきれない状況だった。
と、そのとき、二人の目の前に座っていた中年の男性が、二人の間に手を差し出し、「まあ、まあ、まあ、まあ」と宥めに入った。これには不良君も拍子が抜けた感じで、一旦振り上げたこぶしを下ろさざるを得なかった。まあ、その後もいらいらを膝の貧乏ゆすりで表現し続けていたけれど。
僕が気になったのは、この中年男性のこと。なぜ、あそこですぐさま止めには入れたのか。しかも、たった二文字の繰り返しで上手く収めてしまったが、そんなことができたのはなぜなのか。僕が同じ状況なら、手も差し出せないし、いい言葉も思いつかないような気がする。
昨年の東日本大震災では、学校が避難所となるケースが多かった。そこで求められたのは、瞬時の判断と行動である。そこを上手く乗り越えた校長先生や教員は、なぜそのようなことができたのか、という問いと、この中年男性のとっさの判断・行動がなぜできたのかという問いは似ている。
人間の判断力と行動力の決め手ってなんなのだろう。中年男性にインタビューしたくてたまらなかった。まあ、もし本当にインタビューしたら、変人扱いされるかもしれないけどね。
残念ながら、今回僕の観察学習は、「注目過程」だけで終わってしまった。でも、保持するためにこのブログを書いている。「行動再生」は、今後の課題としよう。
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by k1satok1 | 2012-02-01 00:12 | 教育
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教育について、激しく、でも温かく語ります。

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