ぼくが教育について思うこと

2ちゃんねる騒動に思う

2ちゃんねるの削除人がボランティアで20人くらいしかいない、というのがニュースで流れている。
2ちゃんねるのような無償のサービスは、既に公的サービスの域に入ってきているように感じる。誰もが利用できて、無償である、という条件を満たしているサービスはそうそうない。
2ちゃんねるのような「民」が主導するサービスが普及するのは、国民性自体が高度に民主的に成長した国でしかあり得ないと思われる。それは一方で、「公」のグリップが弱まるということでもある。「公」のグリップが弱まっても、それで民主的社会が成り立つのなら、その国は相当に成熟した社会である、と言えるだろう。
今回、2チャンネルの問題が浮上したのは、ある意味、日本が成熟し切れていないということを象徴するともいえるのではないか。
「公」がグリップしなくても、2ちゃんねるが民主的なやりとりがなされる場として機能していれば、削除人の仕事もさほど生じない。削除人の苦悩と日本の民主化、成熟度は意外と関連するのではないかと思う。
教育の場に目線を移すと、教職員集団も、教育委員会の「公」としてのグリップが弱くても、自律的に学校運営を改善している学校が増えれば、そこには、真の自立した学校、自律した学校の姿が見えてくるのであろう。
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by k1satok1 | 2012-04-07 00:11 | 教育
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教育について、激しく、でも温かく語ります。

by 教育鳥クロニクル
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