ぼくが教育について思うこと

2013年 05月 06日 ( 3 )

コミュニティ・スクールとは

地域住民や保護者が学校運営に参画する、というのがコミュニティ・スクールの核になるフレーズ。
法律上も一定の権限を地域住民等からなる学校運営協議会にもたせている。
が、この学校運営に参画、という言葉が何を指すのかが具体的に法律に明示されているわけではない。
そこで、様々な見解の相違が生まれてしまう。
見解の相違があるということは多様な意見があるということでもある。そうなると、どうしても自分の意見にそぐわないものに対して警戒心をもつのが人間というものである。
多様性があって、そこに不安要素が存在すると、人は手を出したがらない。
上手く活用すればメリットが生まれるという気がしても、どうしても億劫になる。
様々な思惑の中で調整するのが面倒だと感じてしまう。
これがコミュニティ・スクールとは、と考えるときに避けて通ることのできない現状であろう。

こうした現状は、コミュニティ・スクールだけにみられることではない。どんな新しい取組も、多様な見解にまとわりつかれ、その導入や推進に影を落とす。
だが、そんな影に飲み込まれてはいけない。
影から一歩踏み出し、明るさを求め、多様な見解のあい路を見出していく勇気が必要だ。
それが教育改革の本当の姿である。
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by k1satok1 | 2013-05-06 20:05 | 教育

長嶋さんらしさ

長嶋さんが天才なのは、その伝説的なプレーや言動から誰もが認めるところ。
かつての野球少年だけではなく、なぜか、私のようなふつうの人間でも長嶋さんの
魅力にひきつけられる。
なぜか。
思うに、長嶋さんには、人に説明したり、納得させたりしようという気がないからではないか。
いいわけも、解説もなく、ただ、真摯に野球に向かう姿があるだけなのだ。
ご本人はたまに説明したりしているおつもりなのかもしれないが、それがまったく説明になっていない。
というか凡人にはよく分からない。
説明しよう、納得させようという人には、こちらもちょっとだけ構えてしまうのかもしれない。
でも、長嶋さんには、こちらが構えるということはなく、ただただ、理解不能な中に、関心を高め、いつの間にかその魅力をこちらから謎解きしようとしてしまうのだ。
もっとも、こんなこともそもそも、野球人としての偉業があってのことだが、
長嶋さんにはとにもかくにも憧れてしまう。
一方、安倍総理はどうか。アンパイヤ役を果たした総理だが、テレビの画面から
そのような魅力があふれ出ていたかどうか。
これからの政治手腕次第では、長嶋さんに劣らぬ魅力を発することができるかもしれない。
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by k1satok1 | 2013-05-06 00:41 | 教育

子どもを伸ばす学級経営のポイントの一つ

「大事なことは、くどくど言わないこと。」
これ大事だよ、と言って、いくつも事柄を並べたり、言葉を重ねると、何が大事かわからなくなるから。

「みんな違ってみんないい、と金子みすずを引用してもいいが、みんな違ってみんないい、だけど、ここだけは、違っちゃだめだよね、も大切にすること。」
違っていい、というのは一つの見方としてとてもとても大切。でも、それだけに固執すると、結局偏った見方を身につけることになる。気を付けよう。
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by k1satok1 | 2013-05-06 00:07 | 教育



教育について、激しく、でも温かく語ります。

by 教育鳥クロニクル
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