ぼくが教育について思うこと

カテゴリ:教育( 95 )

連休明け、5月の学級経営のポイント~これだけはやらないとまずい、ということ

2年生以上の小学生に当てはまることだが、4月は子どもも緊張している。(1年生は緊張というより、硬直。) 子どもも慣れない環境で自分の立ち位置を探っているのだ。友達との関係、担任との関係を押し測っているといえなくもない。
そんな子どもが自分の立ち位置の範囲を探ろうとし始めるのが5月だ。小学校の担任の皆さんは世間が思うほど楽ではない。中でも相当苦労しているのがこの時期だろう。
中には、どうしてか分からないが学級がばらばら、教師の話もちゃんと聞いてくれない。という状況もまれではない。
この時期の最重要ポイントは、何か。それは、子ども一人一人の良いところを見つけ、人としてちゃんと「あなたのここに関心するなあ。」と言葉で本心から伝えることだ。と僕は思っているのだが、どうだろう。教師になると、なぜだか、指導中心の生活になり、いつしか「えらそう」になってしまっていないだろうか。でも、子どもをよくよく見てほしい、あなたより立派なことをしている子どもはたくさんいるはずだ。もっというと、あなたが関心してしまうような行い、気持ちをもつ子どもがいるはずだ。僕の経験では、正直、どの子にもそのような素養があると思っている。問題なのは、子どもではなくて、子どものよさに気づかない教師なのだと。
そのようなことに気づいていない教師は、えてして、子どもを強権的に指導する傾向がある。頭ごなしにどなる教師はその典型だが、実は、「子どもをほめない」と公言している教師の中にも、子どもの可能性を伸ばせないタイプの教師がいる。
そのようなことに気づいてもらうことが、学校をよくするための近道だと思うのだが、どうだろうか。
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by k1satok1 | 2012-04-25 23:06 | 教育

子どもの安全・安心について~京都府亀岡市の件

NHKのニュースで学校安全に詳しい東京学芸大学の渡邉正樹教授がポイントを示唆。
危険箇所はどこの地域にもある。大事なのは、子どもの声に耳を傾けつつ、地域住民らが危険箇所を明らかにしていくこと。その上で、登校時間の車両通行制限を行う、登校経路を変える、速度を落とさざるを得ない道路の仕組みにする、などさまざまな対応をしていくこと。
危険箇所をよく知っているのは、当事者の子どもと地域住民であると改めて気づかされる。行政も学校も限界がある。
たとえば、コミュニティ・スクールの仕組みを導入して、地域住民等による学校運営協議会が子どもの安全について徹底的に協議し、学校だけではできない役所への陳情や、地域住民等による登下校の見守り活動などにつなげてはどうか。今回の事件でも、保護者は以前から教員が登下校時に通学路に立つことを要望していたという。しかし、教員だけで見守ることは困難だ。地域の力を学校の運営や子どもの見守りに取り入れる姿勢こそ問われていると言えないだろうか。
渡邉教授は言う、加害者ばかりに目がいきがちだが、通学路の状況に目を向けることも重要と。
目を向けるのは、学校だけでもだめだし、学校・家庭・地域が各々にやっていてもだめ。共通知をつくり、協働することこそ重要である。
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by k1satok1 | 2012-04-24 00:28 | 教育

中畑監督の言動に思う~管理職とは

面倒だから横浜ベイスターズと表現するけれど、横浜は全然勝てない。今日は勝ったみたいだが。
敗戦のニュースを見るたび、オープン戦時の中畑監督の明るくて前向きなコメントがどのように変わっていくのかが気になるのは僕だけだろうか。
部下の失敗、選手の失敗、教師なら教え子の失敗をどこまで許容しつつ、それでもなお教え育てられるのか。これは、どの組織にも課せられた命題ではないか、と思う。
中畑監督は、「絶好調」のセリフに代表されるポジティブ派だ。そんな監督が横浜の敗戦をどう受け止め、どう対応するのか。その対応のあり方には、もしかしたら、世の上司の今後のあり方に影響を与えるものがあるかもしれない。
学校の管理職は、今、嘆きの時代にある。保護者からの突き上げ、若く経験の浅い教師の増加と、それを育てる環境の崩壊、改善を嫌うベテラン教師の割合の高さなどが管理職を苦しめる。そんな中、当然、失敗する教師も出てくるだろうが、そこで管理職はどう対応できるか。絶対的窮地の中で就任した中畑監督の動向に注目したい。
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by k1satok1 | 2012-04-20 22:20 | 教育

仏に魂を入れるのは誰か

教育改革は国の審議会の議論を経て、実に多くの政策、法改正として推進されている。制度、仕組みをつくるのは仏像を彫る作業に似ている。
仏に魂を入れるのは、現場の教員でしかない。仏自体の出来を批判したくなるときも多々あるが、批判してばかりいても目の前の子どもに教えることに変わりはないのだから、批判よりもずっと多くの力を子どもの指導にかけるべきである。
国は仏しかつくれないが、着実に仏をつくっていく。本当に着実に。自分たちの仕事を生むためなのかなと思ってしまうときもあるくらいに。現場は仏はつくれないが、やろうと思えば魂という実に重要なものを吹き込むことができる。その権利を放棄するなら教員をやめるべきだ。
もちろん、自分で仏までつくれると勘違いしている教員がいる場合は、この論は当てはまらないが、そういう人は、もはや教員ではないのだろう。ここ日本においては。
抽象論終了。
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by k1satok1 | 2012-04-16 22:41 | 教育

4月の学級経営における必須事項

学級開きという学校独特の文化がある。学級がスタートするということは、子どもと子ども、子どもと教師が新たな生活をスタートするということであり、とても大切な時期である。ということは、意外と教師以外の人にはあまり理解されていない。どの教師も4月のこの時期は、こんなクラスにしたい、こんな子どもとの関係を築きたい、という希望と期待を胸に抱いている。まあ、とはいえ、学級開きが低調に終わると、そのような希望もどこかへいき、問題の解決に追われる毎日になってしまうことも間々ある。
そうならないためのコツは、いろいろと教育雑誌等でも紹介されているが、僕が思うコツは、以下のとおりだ。
①子どもの名前をすべて覚えておいて、初日から名前で呼ぶこと。※名前はとても大切。名前を間違われて、「大事にされてない」と感じるのは子どもばかりではない。
②やってはいけないことを具体的に伝えること。※子どもはやってはいけないと、うすうす感じていても、教師を試してくるもの。そこで引いてはいけない。
③人としてどのようなことが大切なのか具体的に伝える。※できれば、子どもの行動の中から「これは大切」というものを見出し、価値付けるといい。子どもだってすごいのだ、自分たちだってできそうだ、という思いを持たせたい。
④これは、おきて破りだが、「前のクラスでいやだなと思ったことを、なるべくなくしたいので、言ってみてください。」と投げかける。子どもは敏感だ。当然、1年間の中でいやなことだって経験している。それを聞いてみるといい。それがその子のわがままであっても、児童理解につながるし、これはどうみても改善が必要だということがあれば、すぐに反映できるのだ。
⑤掃除の時間をよく見る。掃除は子どもの性格や考え方が如実に現れる場だ。ここで、実態を把握し、的確にアドバイスをすることができれば、子どもの信頼が得られる。教師の学級経営方針も伝えることができる。
まあ、とはいえ学級開きの時期は難しい。「先生ってきらあい。」と言われることだってある。そんな言葉を投げかけられたときにどう考え、対応するかが教師の腕の見せ所ではあるが、正直つらい。でも耐えるしかない。教育の専門家としての自負を失ってはいけないのだ。
今まさに教師としての一歩を踏み出した皆さんにエールを送ります。ファイト。
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by k1satok1 | 2012-04-16 00:01 | 教育

仕事の流儀

四月になり、新たなプロジェクトの検討が短期間で行われた。検討のための議論は中身があるものとなった。
そのような議論が成立するためのポイントは、参加者が聞く耳をもっていること、臆さずにアイデアを出すこと、引くべきは引くことだろうか。
もっとあるだろうが、こういう議論は意外とできていなかった。雰囲気を壊す人、一人で演説する人などがいると、もはや議論ではない。
お互いの意見にうまく乗っかりながらも、自分のアイデアを出して行くことが創造的な議論となる上で必要なのだ。と思う。

仕事とは、一人一人のもつ知恵を引き出し、あるいは押し出しながら、一つの解を、よりイノベイティブな解を見出すことによって高まって行くものだ。

学校では、子どもにそのような経験をさせているだろうか。教師自身にそのような資質がみについているのかがポイントだろう。

仕事の流儀は、生き方の流儀にもつながる。きたない仕事、みにくい仕事はするべきでない。
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by k1satok1 | 2012-04-12 09:02 | 教育

2ちゃんねる騒動に思う

2ちゃんねるの削除人がボランティアで20人くらいしかいない、というのがニュースで流れている。
2ちゃんねるのような無償のサービスは、既に公的サービスの域に入ってきているように感じる。誰もが利用できて、無償である、という条件を満たしているサービスはそうそうない。
2ちゃんねるのような「民」が主導するサービスが普及するのは、国民性自体が高度に民主的に成長した国でしかあり得ないと思われる。それは一方で、「公」のグリップが弱まるということでもある。「公」のグリップが弱まっても、それで民主的社会が成り立つのなら、その国は相当に成熟した社会である、と言えるだろう。
今回、2チャンネルの問題が浮上したのは、ある意味、日本が成熟し切れていないということを象徴するともいえるのではないか。
「公」がグリップしなくても、2ちゃんねるが民主的なやりとりがなされる場として機能していれば、削除人の仕事もさほど生じない。削除人の苦悩と日本の民主化、成熟度は意外と関連するのではないかと思う。
教育の場に目線を移すと、教職員集団も、教育委員会の「公」としてのグリップが弱くても、自律的に学校運営を改善している学校が増えれば、そこには、真の自立した学校、自律した学校の姿が見えてくるのであろう。
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by k1satok1 | 2012-04-07 00:11 | 教育

わけあって、苗字を名乗りたくない子どもがいたらどうするか。

子どもっていろんな事情を抱えている。以前であった転校生の子は、苗字を名乗りたくない、呼ばないで欲しいという。
皆さんならどうしますか?理由はここに書けないけれど、その子が苗字を名乗りたくない理由は聞いてみると納得のいくものではある。
A:理由がどうであれ、他の子どもと違う対応はできないし、他の子に説明しにくいからだめだと言う。
B:世の中を生きていくには、もっとつらいことがあるし、そのくらいのこと気にするなと言う。
C:極力、下の名前で呼ぶようにするし、そのことを本人に伝える。
D:絶対に下の名前で呼ぶ。そして、そのことを本人に約束する。
これだけだと判断しにくいので、その子が苗字を名乗りたくない理由に近いものを示しておこう。
その理由は、「最近、僕の母親がどろぼうをして、新聞に名前が出たから。」
皆さんは、AからDのどの対応をしますか。
多分、そんなに意見は分かれないと思いますが。
答えは一つではないだろうから、敢えて僕の対応は書かないけれど、この子は、この後、いろんなトラブルを起こすことになる。嫌なことがあると、口より先に手が出て、相手をなぐってしまうとか。実は、今回、通常学級に転校してきたが、もともとは、なぜか、重度の障害がある子どもたちが学ぶ学級・学校に入れられていたようだ。誰がそんな判断をしたのかと攻めるのはやめてくが、確かに、通常学級ではトラブルを回避しにくい子ではあった。
こういう子にどう働きかけますか?
A:悪い行動について確認し、説得する。
B:世間話をしながら、何か困ってることはないか聴いてみる。
C:自分の教師としての思いを熱く語ってみる。
D:とにかく、悪いことは悪いので、相手に謝らせる。
もっと選択肢はありますね。まあ、とりあえず、これくらいにしておきますが、皆さんはどんな指導をしますか?
たまに、E:子どもは自然に自分で解決していくものなので、様子を見る。というひとがいますが、これは、僕としては、許せない代表のような対応です。だいたい、「子どもは・・・」と多様な子どもをひとからげにして語っていること自体がバカらしい。と思うのですが、どうでしょう。
もっとちゃんとかければいいのだけれど、今日は強風で妙に疲れたので、ここまで。
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by k1satok1 | 2012-04-04 00:41 | 教育

頭の整理

人に仕事を押し付けて、その上がりを持っていくという仕事の仕方をする人はどの世界にもいるのだろう。自分ではいろいろアイデアが浮かばない、また整理できない、そんな人は誰かに発注して、しかも大して具体的でない発注をして、出てきたものを批正することで仕事したと思いたがる。そんな人は世の中にたくさんいるに違いない。
本人もそういう仕事の仕方が良いと自覚していて、中には、自分がリーダーだと勘違いしている場合もある。
クリエイティブな世界で生きている人は、結局のところ上がりをもっていかれてしまうわけだが、それに憤然としつつも、まあ、そういうあほな仕事の仕方をする人がまんざら役に立っていないわけでもないとも思うのである。だからこそ、そういう輩がはびこる。
寄生虫のように人の努力とアイデアをむしりとり、自分の手柄のように外部にPRする名人がいるのだ。ちょっと中国のパクリ疑惑に似ている、と思う。
こういう輩を上手く扱う上司はなかなかいないが、僕の知る上司は、なかなか上手くやられていた。自尊心をくすぐりつつ、最大限、自分のやって欲しいことをやらせる。しかも、本人にとっても一定程度メリット(ここでいうメリットは、あくまでも世の中のためではなく、その輩本人のためだけのメリットで、傍から見るといやけがさすもの。)を与える。組織を預かる人からすると、こんな輩でも上手く使わなければならないのだから、当然だ。
でも、僕が一番悲しいのは、そんな輩の底の浅さに気付けない人があまりに多いことだ。何たることか、この輩の影響で、腐ってしまう人間が増えていくのだ。その一方で、その輩は、自分が良い人間かのように周囲に見せかける。ちょいと弱い人は、見抜けない。オウムの信者と変わらない判断力の欠如。
ううむ。これって日本のために何にもなっていないのだけれど、当の本人たちは、そもそも日本をよくしたいとなんて本気で思っていないから仕方ないのだろう。ああ、悲しい。
今日は悲観的に過ぎるが、所詮、人間は安易で楽な方に流れ、自分が苦労するより、人に苦労させた方がいいや、と思ってしまうという現実を憂いて、語りました。もちろん、僕は自分が苦労しつつ、人の幸せを実現しようと努力しています。その割には、悲観的ですが。
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by k1satok1 | 2012-03-30 23:52 | 教育

子縁社会を考える

子どもがいる人も、いない人も、たいていの人は子どもが好きだ。という前提はあるものの、子どもを中心において、人と人の縁をつなぐということが、これからの社会では必要だ。
これはある人の講演で学んだ考え方だが、共感するところ大だ。
もちろん人生において子どもはさして重要な意味をなさない方も多いとは思うが、一度子どもにかかわってみると、意外に病みつきになるかもしれない。
ただ、そうした体験を通じて子縁をつないでいくには、誰かが主導して、そのための環境を整えていくことが不可欠だ。
子縁というと、学校が中心になるイメージは否めないが、いっそのこと、「学校」=「教員+子どもの施設」という捉え方から、「学校」=「みんなの施設」へと意味付けしてはどうだろうか。
みんなの施設なのだから、使い方は多様であっていい。ただし、子どもが育つための場所であり、そのための営みをキーワードにして大人がつながるということだけははずさないようにする。
そうすると、やっぱり学校は小学校と中学校を分けておくのはやりにくい。義務教育学校を設置したいところだ。大きな制度改正が必要だけれど、少なくとも、校舎一体型の小中一貫教育校を独自に進めていく市町村が増えるといい。
それが将来の発展への起爆剤になる。
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by k1satok1 | 2012-03-21 22:38 | 教育



教育について、激しく、でも温かく語ります。

by 教育鳥クロニクル
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