ぼくが教育について思うこと

カテゴリ:教育( 95 )

教員の資質向上策を考える④

小学校について考えたい。通常、小学校は学級担任制である。このため、一人で国語から図画工作、音楽まで幅広い教科を指導する技術が求められる。受け持つ授業時数(週当たり)は中学校と大きく違わないが、同じ授業を何度か繰り返す中学校と異なり、多くの場合、まったく違う授業を毎日5時間程度繰り返していくのだから、授業の準備も相当なものだ。(中学校が楽だと言っているわけではない。)
小学校で次のようなことはできないか。
①学級担任制は維持するとして、新卒の教員には2年間続けて同じ学年を担任させる。例えば、新卒時に1年生を担任したら、次年度も1年生担任するのだ。多くの点で昨年度のスキルを維持活用できるから、学ぶ、考える、準備するということに多くの時間を割くことができるようになる。最初の2年間で基礎を身に付けるのだ。
②学級担任制を部分的に解消する。例えば、1年と2年の学級担任が一つのブロック単位となり、各自が複数の教科を担当してすべての学級で授業するのだ。教科の専門性が高まるとともに、教科への責任感も増す。もちろん、指導力にまだまだ課題のある教師にとってもじっくり研修する機会となる。
浅知恵だが、ちょっと考えても2つのアイデアがある。
資質向上には、教員の負担を軽減するという発想も裏側にもっていなければならないので、上記のような手法も検討してみたいところだ。
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by k1satok1 | 2012-03-06 23:11 | 教育

災後社会という言葉に思う

「災後社会」という言葉をニュースで見た。
どこかむなしさを感じるのはなぜだろうか。その状況、有り様にいくら言葉をあてがってみたところで、現実に対しては何の影響も与えないからか。それとも、その言葉には影響を与える力があるにもかかわらず、影響を受けるべき主体がその言葉の意味に気付いていないからなのか。
何が進んでいて、何が進んでいないのか、それがよく分からない。ただ、被災地との直接対話を通じて、感じ取ること、耳を澄ますことによってのみ、何が進みそうなのか、何に力を注げるのかを見出すことができる。そうした機会を積極的にもてそうなときには、おくさずに取り組むことだ。
自分のためではなく、自己満足のためではなく、本当に必要なことができる存在だと分かったときに、おくさず取り組むべきだ。
形だけ、場当たりにならぬように。
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by k1satok1 | 2012-03-05 22:30 | 教育

教員の資質向上策を考える③

子どもの学力を向上させる上で、学習状況の評価が不可欠なのと同じように、教員の資質向上には評価が不可欠。評価と言ってしまうと硬い表現だし、抵抗感もあるかもしれないが、決っして難しいことをやろうというものではない。
学校の中には、必ずといっていい程、「指導的」人物が存在する。それは校長など管理職の場合もあるし、一般の教員の場合もある。だが、ここに僕は危険性を感じている。指導的な人物というのが、本当の意味で指導できているのか、ということが確認されないままだからだ。なぜそのようなことが起きるのか。それは、一人一人の教員の指導力を評価し、適切な指導を行うということが、実はとても難しいことだからだ。
もちろん、学校では授業研究が行われていて、その場で教員の指導力が一部評価されるわけではあるが、これは一部にすぎない。(中には、授業を見ただけでその教員の指導力の大部分を把握してしまう人もいるけれど、一般的とは言えない。)
何が言いたいのかというと、教員が教員の指導力を的確に評価する力を付けることが重要ということ。そのためにはどうするか。それは、ひたすら、教員がよい授業とは何か、よい指導の在り方とは何かを考え、調べ、実践し続け、評価の観点と評価方法を身に付けることだ。単に授業研究、それも主に教材研究に力点を置いたものだけを継続するのではなく、よい授業とは何かを語り合うような授業研究を行うようにマネジメントしていくことだ。
ほっておくと、教材研究のみに力点が置かれて、この教材はこうすべきだ・・・などという教材論に終始してしまう。
これができるのは、管理職のビジョンにかかっている。
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by k1satok1 | 2012-03-04 23:30 | 教育

教員の資質向上策を考える②

教員の資質向上には研修が必須、というのが行政的な視点だ。でも、実際の学校運営の中では、研修以外にも資質向上に資するような素材がたくさんある。それらを少しずつ明らかにしてみたい。
まず、一つあげたいのは、日課の中でどの学級にも共通して行われている「共通の活動」だ。意外と担任任せにしがちであるが、この「共通の活動」をどのようにマネジメントしていかは、子どもの成長を促す上でとても大切だ。「共通の活動」には、朝の会や帰りの会、清掃活動などいくつかあるが、まずは朝の会について。
朝の会(朝の学活とも言うかな)では何をするのか。学校としてこのことについてビジョンはあるだろうか。担任が自分のクラスにとって必要なことを選択・判断すればよいのだ、という考え方もあるだろうが、それでは、その朝の会がどのように子どもの成長に寄与しているのか教員、管理職は把握できないケースも生まれてしまう。担任の自主性を尊重することと、子どもの成長を確かめ必要な手段をとることとを同じ次元で考えてはいけない。
ではどうするか。朝の会をどのように活用するのかについて教員がしっかり議論してみればよい。それも時間をかけて議論するのではなく、30分間で付箋紙に「①朝の会の目的」「②そのための具体的な活動あるいは教師の問いかけ」などを書いて、KJ法でまとめればよい。その上で、最後に10分間で、「4月、5月にまずどれをやってみるか。」を決めればよいのだ。
当然、その選ばれた手法については、毎日欠かさず実施する。その上で、そのことがどの位子どもに影響を与えたかを確認してもいいし、教員の印象として語り合ってもいい。大切なことは、あれもこれも薄撒きにするのではなく、重点を決めることだ。
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by k1satok1 | 2012-03-03 21:21 | 教育

教員の資質向上策を考える①

学校の要は授業。だから、教員の資質を向上させることが最重要である。その方策を考えてみたい。
まず、ストレートに教員一人一人の資質向上をターゲットにする前にやらなければならないことがある。
それは、教員一人一人が毎日行っていることを記録してもらうことだ。多少面倒でもそれを二週間くらい行う。そして、それができたら、5人くらいのグループでそのデータをもとに①無駄なところはないか、②別の方法をとることで効果が上がることはないか、③チームで解決したほうがいいことはないか、などの分析をしてみる。
できれば、ベテランと中堅と若い世代の教員が混在するグループでこういう分析を行ってみる。ベテランにとっては、自分の経験を伝える機会となるし、若い世代にとっては、ICTを活用した効果的な方法をベテランに伝える機会となる。また、それぞれの得意分野を自覚し合い、仕事をシェアする動きにつながる可能性もあるだろう。
教員は、外からはあまり分からないが、実は、かなり個人が独立して仕事を行うことが多い。それゆえ、知見や経験がシェアされずに、多くの無駄を生んでいるのだ。それが、教員の負担感を増大させることにもつながっている面がある。
研修や研究は盛んな学校でも、こうしたマネジメントを行っているところは多くはないのではないか。教員の資質向上を図る前に、無駄な部分を自分たちが発見し、デフラグしていく作業が必要である。
その上で、資質向上策をさらに具体的に進めてはどうか。
続く。
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by k1satok1 | 2012-03-03 19:53 | 教育

3.11が近づいてきた

3.11が近づいてきた。各種のイベントが行われるに違いない。東日本大震災を忘れない、という意味からはとても重要なことだと思う。一方で、そっとしておいて欲しいという被災地の心情もあろう。大切なのは、イベントにしろ、なんにしろ、被災地の当事者との意見交換を通じて、それらを少しずつ形作っていくことだと思う。何しろ、現地のニーズを無視して被災地への支援策などありえないのだから。
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by k1satok1 | 2012-03-03 00:48 | 教育

久しぶりにPCを購入~10年ぶりの驚愕~そして考える教育について

10年ぶりにノートPCを購入した。驚いた。10年前に比べ半額で、スペックは何十倍にもなっていた。
購入するとき、スマートフォンで希望機種の最安値を調べて、手元で見ていたら、店員さんが、いくらになってますか?とたずねてきた。ネットは安いけれど、今回はポイントでプリンターも購入したかったので、店員さんに相談すると、なんと、ネットに比べて3000円高いだけの値段で、しかもDVD-Rも400円くらいのものだけどサービスしてくれた。昔は、こんな買い方は絶対なかった。すごい時代だ。店側も苦労しているのだと思った。
でも、消費者にとっては格段によい環境になっていると思う。ただ、これだけ安いと、逆に店やメーカーの利益如何ほどかと心配になるくらいだ。過剰なサービスによって、万が一日本の企業が次々に倒れてしまうようなことになれば、それは国民全体に大きな影響を及ぼすことになる。消費者と企業は、WINWINの関係になっている状況が継続するべきで、過剰なサービスが行われるようになったとき、実は何らかの危機に近づいているような気がする。
学校教育も同じで、学校において過剰なサービスが行われるようになれば、教員に何らかの負担が強いられ、学校という組織が疲弊していくのではないか。まあ、もっとも、「過剰な教育機会の提供」ということになると、それは子どもにとってはある意味歓迎すべきことになるかもしれないが。過剰と思われるくらい子どものために真剣に教育に取り組む教員がいても、それは何ら問題ではなく、子どもにとっては歓迎すべき。
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by k1satok1 | 2012-03-01 23:55 | 教育

保護者懇談会を有益なものとする方法

保護者との個人懇談会を「子どもの成長のために有効活用する」という視点をもつ人に伝えたい。
個人懇談会には、子どものノートを使おう、と。
4月から9月くらいまでに子どもが書いたノートを見ると、明らかな成長がみてとれる。教師がちゃんと意図的、計画的に指導していれば。子どもにひたすら書かせて、それにコメントを加えていけばかなりの伸びが見られるものだ。
4月の1ページ目と最新のページを交互に見比べ、伸びた点を保護者に伝えるといい。文字が綺麗になったということには保護者もすぐに気がつくから、それ以外の点を指摘するといい。例えば、友達の意見をよく聴いているからこそ、こんな意見になったのだ、とか、この考え方は事実をもとに類推するというよい思考方法だ、とか。
教師の専門性を知ってもらうこともにもなる。子どもをよく観て、確かな指導をしてくれているとの信頼感を高めることにもなる。
ぜひ、地道な取組を積み重ねて欲しい。
時間が無いのは分かるけれど、ここだけは手を抜かないというポイントは、子どもに直接影響を与えるような指導の部分だから。
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by k1satok1 | 2012-02-29 23:31 | 教育

男女

僕の奥さんがこんなことを言っていた。
宅配便の人が来ても怖いから出ない。でも、可愛いい声で対応しておいた、と。
鍵を開けるのは怖いけれど、印象の悪い対応をするのは何となく気まずい、あるいは、新たなトラブルを招くというような思いがあるのだろう。
でも、僕が気になったのは、「可愛い声で対応」というところだ。
だって、男には無い技ですよね、これ。男が「可愛い声で対応」なんて言ったら、おかしいもんね。
でも、でも、こういう性差はいつからなんでしょうか。不思議だなあ。千鳥が淵の桜を見て可愛いと思う人とと、綺麗という人がいるのと同じように感性の違いなら何となく納得できるが、国民を二分するような違いがここにはあるのです。
これを性的な特性として受け入れるのかどうかは、近代国家にとって一つの課題です。性差があるから、という理屈でいろいろ説明したいけれど、実は、そうでもないことがいろいろあるし、団体の陳情へも配慮しなくてはならない。それが事をややこしくして、結局、市民は行政の仕切りをいい意味で無視して世の中を形成している。そんなところが現実ではないかと思います。
今日は、1800円でワインのみ放題の店に行ったので、かなり酔っていて、こんな駄文が限界。
ね、む、い。
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by k1satok1 | 2012-02-29 23:10 | 教育

効率的な算数の習熟指導

算数で練習問題を解かせる場面は多い。そんなとき、どのように丸付けをしているだろうか。よく見かけるのは、丸付けをしてもらうために、子どもが教師の机に行例をつくるというもの。これだと、当然、「待ち時間」が生じ、その間、何も学習しないまま時間を過ごす子どもが出てくる。中には、暇を持て余し、他の子どもにちょっかいを出して、仕舞いには、先生に怒られるということも多い。
こういう事態を生まないために工夫をしている教師は多いのかどうかよく分からないが、僕は自分なりに工夫してきた。
算数を例にとると、例えば、問題を10問出したら、こんな風に子どもに伝えればよい。
〇自信の無い人や、慎重にやりたい人は、1問できたら先生のところに来てください。
〇まあまあ自信のある人は、3問くらいできたら来てください。
〇いやいや、自分は自信がある、又は、思い切って全部やってから見てもらうことに挑戦したいという人は、全問解いてから来てください。
こんな風に子どもに学びの進め方の選択肢を示すとよい。
こうすると、教師の机の前には、まず、算数に苦手意識をもつ子どもが真っ先に並ぶことになる。でも、少人数ですむ。これできめ細かな指導を行う余裕が生まれるのだ。たまにすごい勢いで10問全部を終わらせてくる子どももいるが、そういう子には、ちょっぴり難しい問題を発展として与えればいい。さらにチャレンジ精神を燃やして、熱心に取り組んでくれる。こういう子どもも大事にしなくてはいけない。伸びしろがある子はもっと伸ばすことが教師の責務なのだ。でも、行列をつくっていては、そのようなこともできない。
こんな風に進めると、算数が苦手な子でも、「先生、もっと問題出して!」と言ってくる。みんな伸びたいのだ。意欲を引き出すためにも、効率的な指導方法を追究することを勧めたい。「何度もやればできる」などという丸投げは教師のやるべきことではないし、行列をつくって貴重な指導機会を失うことも教師のやるべきことではない。
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by k1satok1 | 2012-02-29 00:33 | 教育



教育について、激しく、でも温かく語ります。

by 教育鳥クロニクル
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